2001アフリカ日食滞在記 原村『星の降る里』 (UP 01.07.02)

2009年までの全世界での長谷川司氏による日蝕データ

アフリカ日蝕下見旅はこちら

現地時刻15:11分30秒ころのプロミネンスの様子。クリックすると大きな写真になります。無断転載を禁じます。

6月22日16:56 受信映像

遠征隊  2名 16日出発  27日早朝帰国しました  

観測地  ザンビア共和国 首都ルサカ

(南緯15度25分・東経28度18分・標高1100メートル)

皆既時刻6月21(木)15時12分(日本時間21日午後10時過ぎ)

太陽高度31° 皆既継続時間 (3分36秒)

現地からの映像が入り次第UPします。movie @AstroArts Inc

写真の順番

1 成田から。

2 香港空港から。

3 ケープタウン到着

4 喜望峰。地元新聞では日食の話題でもちきり。

5 ブラワヨからヴィクトリアへ。

6 ヴィクトリアの滝からルサカへ。

7 ルサカにて日食観測。

8 日食翌日の地元新聞。

機材その1 デジタルカメラ
フォトショップで加工すると・・・クリックしてください
デジカメ用の太陽専用望遠鏡

アフリカ日食用: 6×30ファインダー

フィルター部分

海外には軽くて小さい物が必要

試写:この様に撮れました

直前まで機材の加工です。

機材その2 400mm+テレプラス

機材その3 ビデオカメラ

皆既データ

 

皆既日食観測報告。2001.6・21(木)

 原村星の降る里の観測隊(北原芳誠・矢島英幸)は16日に日本を出発してから南アフリカ共和国、ジンバブエ共和国を経由し、ザンビア共和国の首都ルサカ市に20日の夜到着しました。

 現地の人々から聞いた話によると、日食の話題は2ヶ月ほど前からラジオや新聞、テレビなどを通して伝えられるようになり、それによりほとんど一般の人々は日食が起こるということを知らされたとのことでした。実際、19日、20日に目にした新聞とテレビでは日食が起こる仕組みと日食が起こっている間に注意する点(直接太陽を肉眼で見てはいけない)などを詳しくつたえていました。また、19日にザンビア共和国政府は日食の日(21日のみ)を国の休日とすることを決めたそうです。また新聞によると、欧米や日本などから観測目的で数千人がザンビア共和国へやってくると伝えていました。

 21日朝、僕たちは観測地に向け出発しました。車で移動するため渋滞に巻き込まれはしないかと心配になり早めに出発をしたものの意外に混雑なくスムーズに移動できました。場所は、ルサカ市の北15キロほどの道沿いにある小高い丘の上で観測することにしました。早速日本から持参した写真用カメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラをセットし太陽が欠け始めるのを待ちました。

 天気は快晴。13:30分現在気温は22度。小高い丘の上は視界をさえぎるものはなく絶好の観測ポイント。辺りは草原とわずかな樹木。当然現地の人々もこの場所を目指しやってきて、道路は徐々に車と人で埋まっていきました。

 13:41分。太陽の左下部分がほんの少し欠け始めました。いよいよ日食が始まりました。現地の人々も太陽が欠け始めたのに気づき盛んに太陽を指差し驚いた様子です。現地の人々はフィルターがついた特製簡易メガネで太陽を見ています。僕たちがカメラで太陽の写真を撮っていると、「直接太陽を見ると目に悪い。」と、わざわざ教えに来てくれた人もいました。もちろん、僕たちはカメラ用フィルターをつけています。太陽の表面には黒点が確認できました。大きなものが三つ。小さいものが五つほど。現在太陽は活動期にあたり、ここ半年ほど黒点の数が急激に増え、今日もその様子がうかがえます。太陽が欠けていく様子を10分おきに撮影し続けます。

 15:00時を過ぎました。辺りはだいぶうす暗くなってきました。太陽の形は細くなっています。気温は20度。日食が始まる時より2度下がっています。皆既の瞬間がもうまもなくです。皆既の最中は写真を何枚も連続で撮り続ける予定なので、今のうちに新しいフィルムと交換します。

 15:05分。フィルム交換完了。周辺の人々も、もうざわめきあっています。

 15:08分。それまではめていた減光フィルターをはずしました。(皆既中は淡い光のコロナを写すため)

 細く残っていた太陽の右上の光は15:09分、一点の光になって次の瞬間消えてしまいました。皆既です。黒い太陽の周りにはどんどんコロナが現れ広がっていきます。コロナが大きい。プロミネンスも見える。過去3回の皆既日食のときにはこれだけ太く明るいコロナはなかった。やはり活動期の太陽から発するコロナは違うのか。露出を変え必死にシャッターを押しつづける。現地の人々は悲鳴にも似た大歓声だ。太陽の周辺には金星なども見えている。ほんの少し紺色がかった暗闇の空で普段見たくても見ることができない本当の太陽の姿が浮かんでいる。徐々に遠くの空が明るくなってきている。皆既の時間が残りわずかだ。太陽の左下から一筋の光が漏れ、皆既の終了だ。

 みんな大喜びをしている。太陽は再び明るさを増してきている。もうコロナやプロミネンスは見えない。気温18度。さらに2度下がっている。皆既が終わるとそれまで周りにいた人たちがカメラを覗きたいと言ってきたので見せてあげた。カメラの中の太陽を見るというより、普段あまり見慣れないカメラに子供たちは喜んでいた。記念に、原村『星の降る里』の旗と一緒に記念写真を撮った。

 太陽が大きくなっていく様子も10分おきに撮影しつづけた。皆既終了から約1時間15分後の16:30分太陽はいつもの姿に戻った。やはり皆既日食はすごい。コロナやプロミネンスがあふれ出た太陽の姿は生きているとしか考えられない。

 1〜2年に一度、地球上のどこかでごくごく限定された地域のみでしかその姿に会うことができない。しかもほんのわずかな時間。太陽、月、地球。この大宇宙空間を使った一瞬の芸術にとりつかれて、次の2002年12月に備えようと決意しました。

 今回の旅の写真は、整理が出来次第ホームページに掲載するとともに、八ヶ岳自然文化園の常設展示室で展示をする予定です。多くの人に日食の醍醐味を感じていただければと思います。現地で観測をサポートしてくれた人々には、お礼の手紙と一緒に日食の写真を送る予定です。

6月24日6:42  記 北原芳誠   

成田にて

in香港 16日

 香港にて

原村「星の降る里」皆既日食観測隊は、16日(土)8時に八ヶ岳自然文化園を出発しました。成田空港に15時に到着し出発の手続きをしました。まずはユナイテッド航空にて香港に向けて出発です。機内食が楽しみだなぁ。

ネットカフェの関係で画像は無し

この画像はヨハネスブルクより発信

成田からちょうど4時間で香港に到着しました。香港の空港は立て替えられたばかりなのでとてもきれいだ。南アフリカへの出発まで4時間あったので本場の中華料理を堪能。う〜む、やっぱり美味い。

ケープタウンにて 17日

ケープタウンにて 17日

 

喜望峰へ移動します18日

ここはアフリカ大陸最南端の都市ケープタウン。香港から飛行機に揺られること14時間、有名なテーブルマウンテンを左に見ながら、ケープタウン国際空港にいよいよ到着です。気温は20℃、思ったより涼しい。

 香港からの飛行機に政井部長(誠報社)と乗り合わせました。政井部長は今日中にルサカに入るそうです。これからテーブルマウンテンへ登って来ます。

18日ケープタウンの植物園
18日ケープタウンの夕日

!野生のヒヒや、ダチョウとも出会いました。近くのペンギンズコロニーでは今が子育ての真っ最中。お母さんペンギンにしっかりとくっついて、じっとしている子ペンギンが愛らしい。

右側が大西洋→

←左側がインド洋

同一条件での撮影ですが海の様子が違います

ケープタウンといえば喜望峰。アフリカ大陸の最南端へ行ってみました。大西洋は波が荒く、インド洋は穏やかでした。切り立った岩肌には、長い歴史をずっと見つづけてきた風格が感じられました。

 6月18日付の地元の新聞(CAPE ARGUS)には、皆既日食の内容を詳しく説明した記事が掲載されてました。こちらの人々もだいぶ日食に関心があるようです。話す機会があった人々に、日食について尋ねるとほとんどの人が日食があることを知っていました。

現地の新聞    

これから移動・移動の繰り返しになるので写真を送るのがいつになるのか未定になります。

 南アフリカ共和国を離れ、ジンバブエ共和国第二の都市、ブラワヨに到着しました。19日

バスの乗客はもちろん現地人ばかりで、大きな荷物は屋根の上。生きた鶏なども持ち込んでいました。

ここから長距離バスに乗りました。目的地は世界三大瀑布のひとつ、ヴィクトリアの滝です。

バスの周りにはバナナ、オレンジ、野菜などを持った人たちが「買ってください」と群がってきました。

道を行き交う人々の表情は皆おだやか。ヴィクトリアの滝まで400km。のどかな風景を眺めながらバスは走りつづけました。

「あら、西濃運輸さん配達ですか?アフリカまでご苦労さんですね。」6月19日

屋台でなくお店です

通行人

こんな風景が続きます

ここをクリックすると大きくなります。

延々とこんな風景が続く

ビクトリア滝での星空です。F1.8 ISO400相当で16秒露出しました。ノイズがかなり出てしまっている様です。6月19日

ビクトリアフォールズは轟音を立てて流れ落ちていた。6月20日

水しぶきでずぶぬれになってしまうほど。

ヴィクトリアの滝からルサカへ

橋の向こうはもう、ザンビア共和国になる。この橋からのバンジージャンプは、110メートル。橋を徒歩で渡りザンビア共和国に入国。

バオバブの木はとにかく太い。

ヒヒ、サルなどがあちこちでたわむれていた。

ラッキーなことに、ここでたまたま知り合った日本人の車に乗せてもらえることになり、ルサカ市を目指す。

現地の新聞 

    
    

ここからザンビア共和国の首都ルサカ市までは450km。アフリカの大地に沈む夕日がとてもきれいだ。

 首都ルサカ:ネット環境はかなり悪そうです。遠征隊は現地に入って40時間経過していますが、電話も含めていまだにアクセスありません。最悪の場合36時間後(ザンビア共和国を出て南アフリカまで移動後)の通信になる可能性があります。(留守番部隊)

21日、日蝕30分前13:00ころの撮影場所付近の風景写真。

『I wish I could take that and give it to my girlfriend, just put it on her finger.』

6月21日(木)14時56分 首都ルサカより電話着信:15:15ころネット・メール発信。環境はかなり悪そうです。16:40現在まだメール着信していません。画像を5枚発信したそうです。映像が入り次第UPします。(留守番部隊)6月22日

15:09分のダイヤモンドリング。

デジカメ映像

15:11分のコロナの様子。

デジカメ映像
現地時刻15:11分30秒ころのプロミネンスの様子。クリックすると大きな写真になります。無断転載を禁じます。
機材の詳細はここをクリック

15:11分30秒ころのプロミネンスの様子。

以上3枚は6月22日16:56の受信

デジカメ映像

 これで撮影しました。かすがひ工業製

16:00分ころの現地に居合わせた人たちとの記念写真。

細く残っていた太陽の右上の光は15:09分、一点の光になって次の瞬間消えてしまいました。皆既です。

黒い太陽の周りにはどんどんコロナが現れ広がっていきます。

コロナが大きい。プロミネンスも見える。

過去3回の皆既日食のときにはこれだけ太く明るいコロナはなかった。

やはり活動期の太陽から発するコロナは違うのか。露出を変え必死にシャッターを押しつづける。

太陽の左下から一筋の光が漏れ、皆既の終了だ。(以上6枚は銀塩写真)

6月24日6:42日食翌日の地元新聞。(ヨハネスブルクにて)

現地(といっても南アフリカですが・・・)皆既日食の次の日(22日)の新聞です。

こちらは当地(長野県諏訪郡の長野日報誌です。)

日蝕遠征隊はヨハネスブルクで足止めです、ツアー客優先で一般旅行客は振り分け先待ちだそうです、・・・ということで、結局ヨハネスブルクで2日間滞在を余儀なくされるというスケジュールとなりました、「五ツ星」ホテルでくつろいでいる…ということで、27日の未明、原村に戻ることになりました。6月24日10:30留守部隊データ到着順にUPしました・・・改めて整理し再UPします。 ・・・しました(010702)。

 

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