原村『星の降る里』メンバー上田市在住の竹内昌弘氏よりのレポートです

送信日時 : 2005年6月18日 19:08  件名 : 我が母校で・・・


 私の後輩、長野県立上田高校の天文気象班の班員達が、江戸時代に製作された反射望遠鏡の復元にチャレンジしました。京都大学の冨田講師、NTK中村特殊光学の中村社長の指導のもと、江戸時代の発明家である国友一貫斎が作った60ミリのグレゴリー式反射望遠鏡の金属主鏡の製作を、明日まで2日かけて行っています。文化祭までには間に合わないようですが、秋には鏡筒・架台までを再現する予定です。

国友望遠鏡は、非常に精度の高い望遠鏡で、上田市博物館に1台保存されています。元々は、高島藩諏訪氏9代城主が購入したものだそうで、その後家臣の等々力氏が拝領し、戦後上田市に寄贈したもののようです。現存する4台の望遠鏡の中で、保存状態のいい物はいまだに金属鏡が曇らず(なんと160年以上も)、今でも木星の縞や土星の輪がちゃんと確認できるとのことです。

(画像は元サイズのまま縮小していますので少々時間が掛かる・・・かも : 管理者) 


写真のキャプション

   

上田高校正門、上田藩松平氏の藩邸正門がそのまま残っています。

      

京都大学講師冨田先生による、金属鏡の成分説明、国友望遠鏡の主鏡の成分分析をした結果から得られたデータから、今回の鏡も全く同じ成分の合金(銅と錫を混ぜた青銅)で作られている。

      

60ミリの金属主鏡。グレゴリー式のためにセンターホールあり。携帯と比べてもかなり小さいのがわかる。

天文班顧問の安藤先生。実は彼と私は高校時代の同期です。私は天文班でしたが、彼は弓道班。地学の教師ですが、専門は地質学。

大学卒業後に一緒にスキーに行って以来、20数年ぶりの再会でした。

NTK中村社長(左端)の指導で、班員の生徒が研磨を開始。相方はパイレックス材を使用。国友一貫斎は、実際には砥石を使ったらしいです。

砂ズリ中(右後方)。手前ではピッチを使用して仕上げ研磨を開始。

焦点距離を250ミリ程度にするための修正中。

ABN(長野朝日放送)でも取材しました。20日夕方のABNステーションで放送予定。

   

中村社長が、過修正の鏡を修正研磨に入るところ。中村社長自身も金属鏡の研磨は、今回が初めてだったそうです。

雲間から覗いた太陽を使って、焦点距離の確認。メッキの必要がない金属鏡なので、磨き終れば即使用可能。なんと一発で予定の250ミリが出た!

自分で研磨した鏡の見え味を、ルーペを使って確認。


明日(2005.06.19)の昼まで、冨田・中村両氏の指導で研磨が続きます。

しかし、今、上田高校の天文班員はわずか6名だそうです。最近特に入部希望者が減っているらしく、これは憂慮されますね。

 話を聞くにつけ、江戸時代の技術力の高さにビックリでした。ちなみにアイピースはハイゲン式のものだそうです。コピーの元は、イギリスから輸入した望遠鏡のようですが、一貫斎が平凸レンズを2枚使用するアイピースの本質を理解していたかどうかはわかりません。